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石原慎太郎 愚かなる外務省

plc11030702280004-p1.jpg 私はつい最近久し振りに国の役人を面罵した。場所は外務省の大臣室で、横にいた外務大臣をも強くたしなめた。「きさまは一体どこの役人だ!」と怒鳴ったら、怒鳴られた梅本和義北米局長はしゃあしゃあと、「日本の役人でございます」と答えたものだった。

 昔、日中国交回復に際して、両国間の実務協定の交渉で日本の国益を守ろうと頑(かたく)なな抵抗を示した日本の外務官僚を相手の当事者の周恩来は「官匪(かんぴ)」と呼んで非難したが、それとは全く逆の意味で、この役人はまさに「官匪」と呼ばれるべきものでしかない。

 ことは首都東京の中にアメリカが依然として保持しつづけている、日本で最長級の滑走路を持ちながらほとんど使われていない横田の空軍基地を、せめて軍民共同使用にこぎつけようと努力してきている都の姿勢を国交省や防衛省、そして外務省も及び腰ながら協力してきていたのに、解決のための活路としてまず今日需要の多いビジネスジェットの乗り入れからはじめてすすめようと、そのための日米間の何度目かのシンポジュウムを東京で行った時、なぜか今回だけは外務省の役人が出席しなかった。

 それどころかその前日、アメリカ側の重要な出席者、前日本駐在総司令官フォールと、アメリカ国防総省の元日本部長ジアラを、日本外務省の北米局長が呼びつけ、「横田の問題については、日本にはまだコンセンサスは出来ていない」といいはなったという。それ故に外務省は、大切なシンポジュウムには出席せずということのようだ。

 それを彼らから聞いて私は激怒して局長を非難したのだが、彼は大臣と他のスタッフの前でそんな発言はしていないと白をきった。前原大臣も彼をかばって、「一地方の行事に国の役人がいちいち出席する必要はない」といってみせたが、これまた過去の経緯も知らぬ無知粗暴で、思い上がったいい分でしかない。外務官僚としては割にしっかりしていた谷内次官のころから、外務省は国防総省を気にしながらこの問題には手をそめてきたのだ。

 その後当のフォールとジアラにことの正確を期して質(ただ)してみたら、日本の北米局長はなんと、「羽田が国際化され、日本の航空需要は満たされている」と専門外のことがらに付言して彼等を牽制(けんせい)していた。

 羽田のプロジェクトを、国交省をほとんど脅迫して強引に調査費をつけさせて始動させたのは、私と当時自民党の政調会長だった亀井静香だったが、比較的それが早く出来はしてもなお世界から日本に向けての航空需要はまだまだ満たされてはいないのに、門外漢の外務省の局長が現実とは逆のことをほざいて折角の計画を遅滞させるのは一体何のためなのか。アメリカにおもねっての保身のためなら、売国としかいいようない。

 アメリカ側の二人は横田の問題に関してある理解を持ち、最低限の協力のためにいろいろ提言してくれているが、その二人が同音に、この問題について肝心の外務省があんな姿勢ではことは極めて厄介だと逆に心配してくれる始末だった。

 日米関係についての土台の責任省外務省が、一々アメリカの意向、特に国防総省に気遣ってのこの体たらくでは、日本は彼等の属国の域を出ない。

 私が知事になって改めて横田の問題に乗り出した時、真っ先に賛意を示し横田に加えて、東京の超一等地六本木にアメリカが未(いま)だに占拠しているヘリポートも取り返してくれといってきたのはかつて中曽根内閣時代官房長官として辣腕を振るった後藤田正晴氏だった。あの土地の横にはアメリカ軍の機関紙スターズ・アンド・ストライプの事務所があり、その前の通りは星条旗通りと呼ばれている。ちなみにもう一つ、新橋駅に向かう大通りはいまだにマッカーサー通りと。

 私はそれら赤坂見附から周辺の新しい都市計画の遂行に伴ってその呼称を必ず廃棄しろといっているが、アメリカ側があの膨大な横田基地をろくに使用もせぬまま、太平洋戦争勝利の記念品だと称している尊大さを保持しているのは、国対国の交渉の先端の窓口である外務省のこうした卑屈な姿勢に依(よ)るといえそうだ。

 私は若くして世に出られたおかげで今では伝説的な人物たちの知己を得ることが出来たが、その一人白洲次郎氏は日本の官僚に対してきわめて辛辣だった。中でも一番軽蔑していたのが外務省だった。曰(いわ)くに、「彼等はあまり外国語が出来ない。言葉がろくに出来ぬ者は外国人とろくに社交が出来ない。社交の出来ない奴に外交が出来る訳がない」と。こんな役人に、逆にコントロールされている現政府の閣僚たちが、この国を一体どこに向かって導いていくのか危うい話だ。

 アメリカが都合よく使ってきたアラブの独裁者たちは今、国民の反乱を前にたじろぎ、アメリカは体裁をつけて今まで使ってきた独裁者たちを非難してみせているが、自由化がすすんだ後のアラブ諸国の姿勢は今までとはかなり違ったものになっていくに違いない。前にも述べたようにそれは歴史の報復であって、キリスト教世界へのイスラム教世界の反発はさらに増幅していくだろう。そうした状況の中でアメリカの、核保有も含めて日本への期待はかつてとはかなり違うものになりつつあるのに、へつらうだけで、それに応える発想を持たぬこの国の外交は結局自らを損なうものでしかありはしない。
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